2005/01/20

なめたらあかんぜよ 『鬼龍院花子の生涯』

本日の映画:鬼龍院花子の生涯 ★★★★☆ 
邦画3本目。仲代達矢演じる土佐の侠客「鬼政」の半生描いた任侠映画。養女松恵を夏目雅子が演じたことでも有名な作品です。多少方言がきつくて聞き取りにくい部分がありますので注意が必要。

この映画、見所はなんと言っても夏目雅子の迫真に迫る演技。「なめたらあかんぜよ」と啖呵を切るシーンはあまりにも有名。あの迫力、女でも惚れそうです。カッコイイ!!
今回鑑賞するまで知らなかったのですが、この作品実はキャスティングがとても豪華。鬼政役の仲代達矢に始まり、その妻役に岩下志麻、丹波哲郎、梅宮辰夫、役所広司、夏木マリ他有名人多数。ちなみに少女時代の松恵は若かりし仙道敦子が演じています。小さい頃からあんまり変わってないように思うのは私だけ?

タイトルからてっきり夏目雅子=花子と思いこんでいたので、作品冒頭養女役と知ってビックリ。こんなタイトルをつけるのであれば、もう少し花子についての描写があっても良かったのではないかと思います。その分夏目雅子が多く出ているから良しとしますが。

普通のヤクザ映画と違って女性の登場人物が多かったせか、任侠映画はあまり得意としていない私でもそれなりに楽しめる作品だったと思います。

陽炎や吉原炎上、極妻なども結構楽しめたほうなので五社英雄監督とは意外に相性がよさそう。この作品でもそうでしたが、あの独特の赤色の使い方は結構好きです。でもこの監督の作品は濡れ場が多いのがかなり不満。このDVDのジャケットもAVっぽくて個人的にはNGです。せっかく良い作品なので、誤解を招くようなジャケ写は止めてほしいものです。
*****作品データ*****
鬼龍院花子の生涯(1982年/日本)
監督:五社英雄
脚本:高田宏治
原作:宮尾登美子
出演:仲代達矢 , 夏目雅子 , 高杉かほり , 岩下志麻 , 山本圭
posted by クマ at 00:00 | Comment(3) | TrackBack(0) | ★★★★☆



前後の記事へリンク
この記事へのコメント
コメントではありませんが、登場人物に関しての情報を書かせていただきます。私の故郷は高知です。
花子と私の祖母はいとこどうしです。仲代達矢扮する花子の父親は、祖母の伯父です。彼の本名は『森田』、しかしながら任侠の世界にふさわしい名前『鬼頭龍之介』に変えていたようです。任侠といってもテキヤの親分だったらしく生活は大変だったそうです。
花子は早稲田卒の県外から来た男性と結婚しましたが、彼は浪花節の広沢(?)の興業権の争いで亡くなったそうです。森田の伯父さんは畳の上で最期を迎えることが出来たと聞いております。葬儀には私の母が出席したそうです。
Posted by 内藤正子 at 2006年01月12日 09:22
内藤さん はじめまして。
コメントありがとうございます。こんなつたない文章をご親戚の方に観ていただけたなんて、すごく恥ずかしいです(滝汗)。でもウレシイ(*´∀`*)
この作品にモデルとなった方がいらっしゃったことは全く知らなかったので、すごく興味深く読ませていただきました。
他にも情報ありましたら気軽にコメント書き込んでいただければと思います。
今後もよろしくお願いいたします。
Posted by クマ at 2006年01月12日 11:40
クマ様、はじめまして。
内藤様のコメントと同じく、映画の評価ではありませんが、以前"侠客"というキーワードで検索していて偶然にもこの映画のモデルになった鬼頭龍之介さんの歴史に興味が沸いた者です。
米日照りの高知民に米を配給するなど、弱きを助ける昔ながらの侠客だったようですね。
言うまでもなく、映画も大好きです。

ひまわり乳業株式会社(高知)のブログより抜粋
※このブログでは"鬼頭良之介"と表記されていますが、同一人物でしょう。

明治6年、宇佐の海産物商に生まれた森田少年(鬼頭龍之介)は、少年時代に家出して大阪へ向かい、遊侠の徒、小林佐兵衛の子分になりました。大正4年、高知へ帰って九反田で海産物商をオープンさせます。このとき42歳ですきに、もう立派な侠客として名が通っちょったがやないですろうか。しゅっと魚市場の用心棒になり、あっという間に顔役になっていったのでありました。
この方、土佐の財閥宇田友四郎さんや川崎幾三郎さんや野村茂久馬さんとも接近して、子分をどっしこ抱える大親分となります。しかしただの侠客ではなかったのが鬼頭良之助。大正6年、つまりこの百度石を建てた年、大阪から帰ってまだ2年目に、アメリカ人飛行家のフランクチャンピオンを招いて曲芸飛行ショーを敢行、飛行中墜死したのを悼んで柳原に碑を建てました。翌大正7年の米騒動の際には県民の苦しみを訴えて財閥宇田にお金を出させ、無料で米を配ったりしたそうです。「鬼頭米」と呼ばれ、これが土佐での米騒動を未然に防いだと言われちょりますな。社会労働運動で名高かった安芸盛(あきさかん)さんと意気投合し、労働組合を結成して大正9年に第1回メーデーをやったといいますきに、ホント、ただの侠客ではありません。その後、東京大相撲の興業をおこなったりと、主に興業分野で活躍し、昭和14年、大相撲興業の力士たちを高知駅へ見送った直後に駅で倒れ、翌年亡くなっちょります。
Posted by 佐野聡 at 2016年10月24日 10:10
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL